2010年5月24日月曜日

形態,携帯、ケイタイ、ケータイ

人にとって携帯電話は
新しい感覚器官、シックスセンスになりつつある。
セカイカメラで普通では見えないエアータグをケータイのカメラを通して見たり、
遠くの人とコミニケーションをとったりできることは 
テレパシーに近いことを普通にやっていと感じる。
みんな意識してないだけで。
ただ手にケータイを持っているか、持っていないかだけの違いしかない。

人とケータイ関係が近づくにつれて
ケータイを自分自身の分身だと思う人が増えてきいるが、

ケータイが自分より自分になっていくことに少し違和感を感じる。
ケータイというフィルタを通してしか感じれなくなる感覚や感情だけが
強化され残っていくことがいやなのかな。

両方がいいバランスであってほしい。




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